【私の長女お産物語①】「私の助産師さん」との出逢い

こんにちは。もえ助産院の樋口です。

今日から少しずつ、私自身のお産の物語を綴っていこうと思います。

「妊娠したかも」と思ったとき、私の中にひとつ強く決めていた想いがありました。

それは、「今回は、岐阜の助産師さんと一緒にお産をする!」ということ。


なぜ、今回は「岐阜の助産師さん」だったのか?

前回の出産のときは、山梨の助産師・照子さんに岐阜まで来てもらい、お産をサポートしていただきました。

長男を授かったとき真っ先に頭に浮かんだのが照子さんでしたし、私がしたいお産のために、その場を全力で護ってくれると信頼していたからです。

ただ、前回のお産はとても経過が速かった私。

「今回はもっと速くなるだろうから、山梨からでは間に合わないかもな」という現実的な理由がありました。

そしてもうひとつ、大きな理由がありました。

私自身が岐阜でお産開業をして、これからこの土地に根付き、地域のために活動していきたいと考えたとき、「絶対に岐阜の助産師さんと産みたい!」という強い想いが湧いてきたのです。

夫にその気持ちを伝え、「どこで産もうか」と話し合っていたときのこと。

これまでは「助産院や自宅で本当に大丈夫なの?」という心配が先に出ていた夫が、

「実家で産むのはどう?」と、ごく自然に提案してくれました。その言葉が、本当に嬉しかったです。


お産に向けて、どうしても大切にしたかった「3つのこだわり」

こうして始まった、岐阜での助産師さん探し。

私が過ごしたい妊娠期、私がしたいお産、そして産後。それらを一緒に叶えてくれるのは一体どなただろう……?そう思いながら、色々な助産師さんのところへお話を聴きに行きました。

私がお産に向けて、どうしても大切にしたかったこだわりは3つあります。

1. 過ごしたい「妊娠期」

妊婦健診の時は、必ず私の身体に直接触れてほしいと思っていました。

触れることで、私と赤ちゃんを感じてほしかった。そして私自身も健診を通して、助産師さんと深く繋がりたかったのです。

2. 大切にしたかった「お産」

実は前回の出産時、ものすごく「いきみ倒した」記憶があります。さらに自分の“助産師脳”が働いてしまい、「四つ這いで産んだから、このまま後ろに倒れなきゃ!」という意識が先行してしまいました。(今思えばそんな決まりはなくて、膝立ちのまま赤ちゃんを感じても良かったんですよね……!)

そのせいか、産んだ直後に赤ちゃんをしっかりと感じきれなかった。また、すぐに点滴が入って少しバタバタしたこともあり、幸せなお産だったけれど、もっと胸の上の時間を深く味わいたかったな」という想いが、時々フヨフヨと心の海に湧き上がっていたのです。

だからこそ今回は、絶対にその瞬間を「味わい尽くしたい」と思っていました。

誰にも指示されず、私と赤ちゃんの心と身体を感じ、あるがままに赤ちゃんをこの世に送り出したかったのです。

3. 大切にしたかった「産後」

私と赤ちゃんのペースを邪魔されず、ゆったりとしたお産の空気感をそのまま引き継ぐこと。そして産後も、ちゃんと私の身体に触れてケアしてほしい、と思っていました。


「美穂さんにお願いしたい」心が決まった瞬間

そんな想いを抱えながら、「ゆらら助産所」の美穂さんとお話ししたときのことです。

なんだか分からないけれど、何に対してかも分からないけれど、美穂さんの前で、自然と涙がツーと頬をつたって落ちました。

私のとりとめのない話を、ゆっくりと、すべて聴いてくれたあと。

美穂さんはポツリと、こう言葉をかけてくれました。

「今回は、本当の意味で自分で選び取れるといいね」
「周りの人にたくさん甘えてね」

その言葉が、すとんと胸に落ちました。

あぁ、今回の私のお産は、「自分で選び取ること」そして、「周りにしっかりと甘えること」なんだ。

その瞬間に、「今回は美穂さんにお願いしたい」と心から決まりました。


こうして始まった、私の新しい妊娠期間。

実はこの後、私と美穂さんのチグハグなエピソードなども色々と出てくるのですが……(笑)。

それはまた、次回以降にお話ししますね。

出張さんばステーション長良川もえ助産院 樋口萌子

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